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京都市
きょうとし
京都市
京都市の旗
京都市の旗
人口 1,453,854人
面積 827.83 平方キロメートル
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京都市(きょうとし)は、日本京都府。人口は2021年3月現在約145万人[1]

平安時代から1869年(明治元年)に東京へ遷都するまでの間、日本の首都であった。 長い間日本の政治・文化の中心地であったことから、様々な歴史上の出来事の舞台、有名な神社仏閣、京都三大祭り(春の「葵祭(あおいまつり)」、夏の「祇園祭(ぎおんまつり)」、秋の「時代祭(じだいまつり)」)に代表される伝統行事など、多くの有形・無形の歴史的遺産を抱えている。 京都市およびその周辺にある17ヶ所の寺院、神社、城からなる『古都京都の文化財』はユネスコの世界文化遺産に登録されている。

一方で、京都市は明治期以降の先進的な近代化の取り組みでも知られており、南禅寺内にあるアーチ橋「水路閣」や蹴上インクラインなどの近代化遺産、 旧帝国京都博物館や同志社大学の礼拝堂を始めとする明治・大正・昭和にわたる数々の貴重な近代建築も多く抱えている。

地域[編集]

金閣寺

日本の他の大都市と比べて大きくはないが、京都はその千年の都に見合うだけの豊富な文化資産を有している。御所や離宮、神社仏閣やその他の史跡は以下の地域に分散している。


  中心部
南北は九条通りから今出川通りまで、東西は川端通りから西大路通りまでにわたる、京都の市街の中心部。二条城、御所、東西の本願寺、京都駅、東寺などがある。
  嵐山・西部
桂川にかかる渡月橋を中心とする嵐山と、それに隣接するエリア。大覚寺、天龍寺、広隆寺、西芳寺などがある。
  東山
鴨川と東山に囲まれた部分。哲学の道、南禅寺、祇園神社とその門前の花街、清水寺、二寧坂、三十三間堂などがある。
  北部
ほぼ今出川通りより北の部分。竜安寺、金閣寺、北野天満宮、下鴨神社、上賀茂神社を始め、さらに北部の山中にある神護寺、貴船神社、鞍馬寺、三千院などがある。
  南部
新幹線の南側の伏見、醍醐、山科を含むエリア。東福寺、伏見稲荷、醍醐寺などがある。

知る[編集]

歴史[編集]

京都の歴史は桓武天皇が784年の長岡京に続いて、794年平安京に遷都したことに始まる。 平安時代には日本独自の文化が京都の地で花開いた。

やがて侍階級が勃興し、1185年の守護・地頭の設置により鎌倉幕府が全国支配を強めたため、京都は相対的に経済都市としての性格を強めた。承久の乱を契機に鎌倉幕府は平家の本拠地跡の六波羅に六波羅探題を設置して、公家勢力の監視を行った。鎌倉時代末期に足利尊氏が六波羅探題を滅ぼし、幕府滅亡後には京で後醍醐天皇による建武の新政が行われた。その後新政から離反した尊氏が北朝を立て、南北朝時代を経て室町時代となった。

室町幕府が市内に置かれると、京都は政治都市として復活する一方で経済発展を遂げ、町衆と呼ばれる有力市民による自治の伝統が生まれた。 金閣寺や銀閣寺などの建築のほか、生け花や茶道、能楽など、今日の日本にも通じる精神文化が花開いた。 その後、応仁の乱(1467年–1477年)で京都は荒廃し、その後もたびたび戦乱に巻き込まれた。

安土桃山時代に織田信長、豊臣秀吉の保護と町衆の力により京都は復興した。秀吉は巨大な環状の御土居(おどい)を町の周囲に築造し、また聚楽第と武家町の建設、内裏の修理と公家町の建設、洛中に散在していた寺をあつめた寺町や寺之内の建設などを行った。文禄4年に関白の地位を引き継いだ豊臣秀次が切腹すると、政治の中心は完全に伏見に移った。秀吉の没後も徳川家康が伏見城に入り伏見は引き続き政治の中心地であった。

関ヶ原合戦後、江戸幕府が誕生すると政治の中枢は徐々に伏見から江戸に移ったものの、京都が国都であることに変わりはなく、徳川政権は幕府の京都の拠点として二条城を築き、京都所司代・京都町奉行を設置して直轄下に置いた。以後京都は文・工芸の中心地として人口が50万人を超え、最大都市の江戸や、天下の台所大坂に次ぐ都市として繁栄した。

江戸時代末期に朝廷の重要性が高まると、京都は政治的なかけひきと騒乱の舞台となった。 やがて明治となり首都機能が東京へ移転されると、京都の人口は著しく減少し経済も衰退した。

明治2年、国の法令に先駆けて、全国初となる学区制の小学校64校が京都に開校。 琵琶湖疎水(第1疏水)は1885年(明治18年)に着工し、1890年(明治23年)に完成。 日本初の営業用水力発電所となる蹴上発電所が1891年(明治24年)に運転を開始。この電力を用いて、1895年(明治28年)には京都・伏見間で日本初となる電気鉄道である京都電気鉄道(京電)の運転が始まった。

着く[編集]

電車で[編集]

新幹線などが乗り付けるJR京都駅や近畿電鉄・阪急電車・京阪電車などが乗り付けている。

車で[編集]

名神高速道路がある。

バスで[編集]

移動する[編集]

観る[編集]

買う[編集]

食べる[編集]

京都を代表する料理としてはやはり懐石料理があげられる。有名な高級店もあるが、一方では気軽に入ってそこそこの値段でおいしく食べられる店も多い。 懐石ではない普通の和食を出す店も数多い。 湯葉、鯖寿司、京野菜など京都独特の食材や調理法を特色とする店もある。

  • 1 下鴨茶寮外部リンク京都市左京区下鴨宮河町62 +8175701518511:30~15:00、17:00~21:00、火曜定休。 「創業安政三年の老舗。その土地でとれたものを、その土地に伝わる方法で料理する「土産土法」スタイルを守り続けてきた茶寮は、これまで京野菜を世に広め、お料理として実際に提供することで、文人要人をはじめとする多くの人々に愛されてきました。昼(平日のみ)5500円~、夜16500円~
  • 2 魚三楼外部リンク京都市伏見区187 +8175601006111:30~15:00、17:00~21:00(日曜日は20:30まで)、火曜定休。 「明和元(一七六四)年創業。伏見の地にとことん拘った伝統ある京料理。昼7700円~(平日のみ)、夜10120円(+奉仕料15%)~
  • 3 神泉苑平八外部リンク京都市中京区御池神泉苑東入門前167 +8175841081111:00~15:00、17:00~21:00、水曜定休。 「平安京造営の時代から続く、京都最古の庭園《史跡名勝 神泉苑》で伝統の京懐石料理と平八独自の鍋料理をご堪能ください。昼4000円~、夜5500円~
  • 4 和食がんこ寿司 高瀬川二条苑外部リンク京都市中京区木屋町通二条下ル東生洲町484-6 +8175223345611:00~21:00、定休日なし。 「慶長十六年(1611年)、豪商・角倉了以の別邸として建築され、現在の『がんこ高瀬川二条苑』に至るまで、様々な著名人、資産家の別邸として脈々と受け継がれてきた風情と景観。400余年に渡り丁寧に手入れを施してきた邸宅と庭苑は、貴重な文化財として、京都の人々はもとより、観光の皆様、外国の方々からも愛されています。昼3500円~、夜4500円~
  • 5 二軒茶屋外部リンク京都市東山区祇園八坂神社鳥居内 +8175561001611:00~20:00、水曜定休。 「田楽豆腐発祥の腰掛茶屋。こだわりの合わせ味噌の豊かな風味と、やわらかい豆腐からなるこの田楽豆腐は480年続く歴史の中、今も変わらず皆様に愛されている逸品でございます。750円(田楽豆腐)~

飲む[編集]

泊まる[編集]

出かける[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

外部リンク[編集]