世界遺産
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京都市

京都市(きょうとし)は、日本京都府。人口は2021年3月現在約145万人[1]

平安時代から1869年(明治元年)に東京へ遷都するまでの間、日本の首都であった。 長い間日本の政治・文化の中心地であったことから、様々な歴史上の出来事の舞台、有名な神社仏閣、京都三大祭り(春の「葵祭(あおいまつり)」、夏の「祇園祭(ぎおんまつり)」、秋の「時代祭(じだいまつり)」)に代表される伝統行事など、多くの有形・無形の歴史的遺産を抱えている。 京都市およびその周辺にある17ヶ所の寺院、神社、城からなる『古都京都の文化財』はユネスコの世界文化遺産に登録されている。

一方で、京都市は明治期以降の先進的な近代化の取り組みでも知られており、南禅寺内にあるアーチ橋「水路閣」や蹴上インクラインなどの近代化遺産、 旧帝国京都博物館や同志社大学の礼拝堂を始めとする明治・大正・昭和にわたる数々の貴重な近代建築も多く抱えている。

地域[編集]

日本の他の大都市と比べて大きくはないが、京都はその千年の都に見合うだけの豊富な文化資産を有している。御所や離宮、神社仏閣やその他の史跡は以下の地域に分散している。

  洛中
南北は九条通りから今出川通りまで、東西は川端通りから西大路通りまでにわたる、京都の市街の中心部。二条城、御所、東西の本願寺、京都駅、東寺などがある。
  嵐山・洛西
桂川にかかる渡月橋を中心とする嵐山と、それに隣接するエリア。大覚寺、天龍寺、広隆寺、西芳寺などがある。
  洛東
鴨川と東山に囲まれた部分。哲学の道、南禅寺、祇園神社とその門前の花街、清水寺、二寧坂、三十三間堂などがある。
  洛北
ほぼ今出川通りより北の部分。竜安寺、金閣寺、北野天満宮、下鴨神社、上賀茂神社を始め、さらに北部の山中にある神護寺、貴船神社、鞍馬寺、三千院などがある。上京区など。
  洛南
新幹線の南側の伏見、醍醐、山科を含むエリア。東福寺、伏見稲荷、醍醐寺などがある。
Kyotomap.png

知る[編集]

金閣寺

本州西部の山々に囲まれた京都は、かつての日本の首都であり、794年から明治維新までの首都が東京に移転するまで天皇の住居がありました。日本の経済、文化、歴史、宗教の中心である千年紀の間に、皇帝、将軍、僧侶のために建てられた比類のない宮殿、神殿、神社がたくさんあります。京都は、第二次世界大戦の連合国の爆撃から逃れた数少ない日本の都市の1つであり、その結果、京都には、町家として知られる伝統的な長屋など、戦前の建物がまだたくさんあります。。しかし、京都駅の複合施設など、伝統的な京都の建物のいくつかが新しい建築物に置き換えられて、街は継続的に近代化されています。京都には、日本で2番目に有名な大学である京都大学もあります。

794年、京都市は、中国の首都、長安(現在の西安)を参考にし、市の中心部を碁盤目状につくられました。その形は現在も続いています。一条通が北に、十条通が南にある西東通りに番号が付けられていますが、北の名前に明確なパターンはありません。

歴史[編集]

京都の歴史は桓武天皇が784年の長岡京に続いて、794年平安京に遷都したことに始まる。 平安時代には日本独自の文化が京都の地で花開いた。

やがて侍階級が勃興し、1185年の守護・地頭の設置により鎌倉幕府が全国支配を強めたため、京都は相対的に経済都市としての性格を強めた。承久の乱を契機に鎌倉幕府は平家の本拠地跡の六波羅に六波羅探題を設置して、公家勢力の監視を行った。鎌倉時代末期に足利尊氏が六波羅探題を滅ぼし、幕府滅亡後には京で後醍醐天皇による建武の新政が行われた。その後新政から離反した尊氏が北朝を立て、南北朝時代を経て室町時代となった。

室町幕府が市内に置かれると、京都は政治都市として復活する一方で経済発展を遂げ、町衆と呼ばれる有力市民による自治の伝統が生まれた。 金閣寺や銀閣寺などの建築のほか、生け花や茶道、能楽など、今日の日本にも通じる精神文化が花開いた。 その後、応仁の乱(1467年–1477年)で京都は荒廃し、その後もたびたび戦乱に巻き込まれた。

安土桃山時代に織田信長、豊臣秀吉の保護と町衆の力により京都は復興した。秀吉は巨大な環状の御土居(おどい)を町の周囲に築造し、また聚楽第と武家町の建設、内裏の修理と公家町の建設、洛中に散在していた寺をあつめた寺町や寺之内の建設などを行った。文禄4年に関白の地位を引き継いだ豊臣秀次が切腹すると、政治の中心は完全に伏見に移った。秀吉の没後も徳川家康が伏見城に入り伏見は引き続き政治の中心地であった。

関ヶ原合戦後、江戸幕府が誕生すると政治の中枢は徐々に伏見から江戸に移ったものの、京都が国都であることに変わりはなく、徳川政権は幕府の京都の拠点として二条城を築き、京都所司代・京都町奉行を設置して直轄下に置いた。以後京都は文・工芸の中心地として人口が50万人を超え、最大都市の江戸や、天下の台所大坂に次ぐ都市として繁栄した。

江戸時代末期に朝廷の重要性が高まると、京都は政治的なかけひきと騒乱の舞台となった。 やがて明治となり首都機能が東京へ移転されると、京都の人口は著しく減少し経済も衰退した。

明治2年、国の法令に先駆けて、全国初となる学区制の小学校64校が京都に開校。 琵琶湖疎水(第1疏水)は1885年(明治18年)に着工し、1890年(明治23年)に完成。 日本初の営業用水力発電所となる蹴上発電所が1891年(明治24年)に運転を開始。この電力を用いて、1895年(明治28年)には京都・伏見間で日本初となる電気鉄道である京都電気鉄道(京電)の運転が始まった。

気候[編集]

 気候 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
 
最高気温 (°C) 8.9 9.7 13.4 19.9 24.6 27.8 31.5 33.3 28.8 22.9 17.0 11.6
最低気温 (°C) 1.2 1.4 4.0 9.0 14.0 18.8 23.2 24.3 20.3 13.6 7.8 3.2
降水量 (mm) 50.3 68.3 113.3 115.7 160.8 214.0 220.4 132.1 176.2 120.9 71.3 48.0

出典:日本語版ウィキペディア

京都は日本の他の地域と同様に、春、夏、秋、冬の四季があります。春には花が咲き、秋には紅葉が見頃を迎え、多くの観光客が訪れます。京都は山に囲まれているため、夏は特に湿度が高くなります。6月中旬から7月末までは梅雨なので、ほとんどの旅行者はこの時期を避けます。雨の種類は、小雨からにわか雨、にわか雨までさまざまです。8月下旬と9月には別の台風が多く直撃します。冬は一般的に寒いですが、降雪はありません。寒さは通常、梅の花に続いて桜が咲き始める3月頃まで続きます。

人口[編集]

人口の統計
京都市と全国の年齢別人口分布(2005年) 京都市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 京都市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

着く[編集]

鉄道で[編集]

玄関口とも言える京都駅は下京区に位置し、JR東海(東海道・山陽新幹線)、JR西日本(東海道本線、山陰本線、奈良線、湖西線)、近畿日本鉄道(近鉄京都線)、京都市営地下鉄(烏丸線)が乗り入れるターミナル駅である。1997年竣工の京都駅ビルは、新幹線八条口と烏丸中央口を繋ぐ南北自由通路、地下中央口・地下東口と八条東口を繋ぐ地下自由通路で京都駅の南北の行き来及びJR・近鉄・京都市営地下鉄への乗降・乗換アクセスを確保している。観光地の玄関口としての特性を活かし、ホテル、劇場、デパート、飲食店、土産物店等が充実しており、駅そのものが商業街の中心としての役割を担っている。

JR東海・京都駅は東海道・山陽新幹線の全列車が停車する京都府内唯一の新幹線停車駅であり、東京・横浜・名古屋方面と大阪以西の西日本各地を結ぶ。

JR西日本の各在来線は、京都市内への通勤・通学はもちろんであるが、北陸・山陰・関西空港方面等への特急列車が多く発着する広域交通の拠点でもある。

近鉄京都線も通勤・通学の足としての側面以外に、京都から奈良方面への優等列車が多く、奈良方面への観光路線としての機能を担っている。

京都市営地下鉄烏丸線は京都駅を含む京都市内の中心部を南北方向に繋ぎ、市内交通の幹線である。京都市内の道路事情は渋滞が慢性化しており、バスやタクシーなどの自動車交通は遅延が常態化しているが、道路事情に煩わされることのない地下鉄は重要な役割を果たしている。京都駅以外でも、竹田駅で近鉄京都線と相互乗り入れを行う他、烏丸駅で阪急京都線と、烏丸御池駅で京都市営地下鉄東西線と接続し、市内各地の鉄道交通への乗換アクセスを担っている。

阪急京都線の終着駅・阪急河原町駅は阪急電鉄の京都市におけるターミナル駅であり、四条河原町交差点を中心とする河原町駅界隈は京都の商業や飲食業の中心地でもある。大阪梅田駅との間に各種別の列車が充実しており、阪急京都線沿線の各都市へのアクセスを担っている。西院駅までは地下化されており、混雑の激しい四条通を避けて鉄道で移動することが可能である。

京阪本線の三条京阪駅は京阪電気鉄道の京都市における中心駅で(終着駅は鴨東線出町柳駅)、京阪本線と京都市営地下鉄東西線及び接続する京阪京津線との乗換駅でもある。京阪本線は東福寺駅以北で地下化されており、鴨川東部の鉄道幹線でもある。三条京阪駅の地上部分は市内では京都駅烏丸口に次ぐバスターミナルでもあり、市内各地へのバス路線が充実している。

車で[編集]

名神高速道路は京都東インターチェンジ(山科区)、京都南インターチェンジ(伏見区)が設置されており、東京・名古屋方向と大阪以西を繋ぐ。

京都縦貫自動車道は丹後・丹波方面と京都市西部及び京滋バイパスを結んでおり、沓掛インターチェンジ、大原野インターチェンジ(どちらも西京区)が設置されている。

国道1号(京都市内では烏丸五条交差点まで国道8号と重複している)は滋賀県大津市から山科区に入り、京都東インターチェンジで名神高速道路と接続する。東海道新幹線と並走する形で東山トンネルに入り、五条バイパスを経て五条通となり市内中心を通過した後、堀川通、九条通等を経て京阪国道口交差点(南区)に至り、伏見区から枚方バイパスとなって大阪方面と繋がる。

国道9号は国道1号と接続する烏丸五条交差点(下京区)から、五条通を西方向へ向かう国道であり、京都縦貫自動車道沓掛インターチェンジ(西京区)を経て亀岡市以西の丹波地方を結ぶ。

バスで[編集]

移動する[編集]

観る[編集]

上賀茂神社 立砂
上賀茂神社の立砂

京都には信じられないほど多くの観光名所があり、できるだけ多くの場所を訪れるには、事前に旅程を計画する必要があります。

世界遺産[編集]

1994年に、17の史跡が「古都京都の歴史的建造物」としてユネスコの世界遺産に登録されました。リストされたサイトのうち 14は京都自体にあり、2つは近隣の宇治市、1つは大津市にあります。

場所別にリストされている、京都市の​​14の世界遺産は次のとおりです。

  • 洛中:二条城、西本願寺、東寺
  • 洛外
    • 洛北:金閣寺、龍安寺、仁和寺、光山寺、下鴨神社、上賀茂神社
    • 洛東:清水寺、銀閣寺
    • 洛西:天龍寺、西芳寺
    • 洛南:醍醐寺

買う[編集]

食べる[編集]

京都を代表する料理としてはやはり懐石料理があげられる。有名な高級店もあるが、一方では気軽に入ってそこそこの値段でおいしく食べられる店も多い。 懐石ではない普通の和食を出す店も数多い。 湯葉、鯖寿司、京野菜など京都独特の食材や調理法を特色とする店もある。

  • 1 下鴨茶寮 外部リンク京都市左京区下鴨宮河町62 +8175701518511:30~15:00、17:00~21:00、火曜定休。 「創業安政三年の老舗。その土地でとれたものを、その土地に伝わる方法で料理する「土産土法」スタイルを守り続けてきた茶寮は、これまで京野菜を世に広め、お料理として実際に提供することで、文人要人をはじめとする多くの人々に愛されてきました。昼(平日のみ)¥5500~、夜¥16500
  • 2 魚三楼 外部リンク京都市伏見区187 +8175601006111:30~15:00、17:00~21:00(日曜日は20:30まで)、火曜定休。 「明和元(一七六四)年創業。伏見の地にとことん拘った伝統ある京料理。¥7700~(平日のみ)、夜¥10120(+奉仕料15%)~
  • 3 神泉苑平八 外部リンク京都市中京区御池神泉苑東入門前167 +8175841081111:00~15:00、17:00~21:00、水曜定休。 「平安京造営の時代から続く、京都最古の庭園《史跡名勝 神泉苑》で伝統の京懐石料理と平八独自の鍋料理をご堪能ください。¥4000~、夜¥5500
  • 4 和食がんこ寿司 高瀬川二条苑 外部リンク京都市中京区木屋町通二条下ル東生洲町484-6 +8175223345611:00~21:00、定休日なし。 「慶長十六年(1611年)、豪商・角倉了以の別邸として建築され、現在の『がんこ高瀬川二条苑』に至るまで、様々な著名人、資産家の別邸として脈々と受け継がれてきた風情と景観。400余年に渡り丁寧に手入れを施してきた邸宅と庭苑は、貴重な文化財として、京都の人々はもとより、観光の皆様、外国の方々からも愛されています。¥3500~、夜¥4500
  • 5 二軒茶屋 外部リンク京都市東山区祇園八坂神社鳥居内 +8175561001611:00~20:00、水曜定休。 「田楽豆腐発祥の腰掛茶屋。こだわりの合わせ味噌の豊かな風味と、やわらかい豆腐からなるこの田楽豆腐は480年続く歴史の中、今も変わらず皆様に愛されている逸品でございます。¥750(田楽豆腐)~

飲む[編集]

泊まる[編集]

出かける[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]


出典[編集]

外部リンク[編集]