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天橋立
地図
天橋立の地図

天橋立(あまのはしだて)は、京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる全長3.6Kmの湾口砂州。日本三景の一つであり、2013年の観光入込客数は178万1900人と京都市を除いた京都府内の観光地で第1位である。

2017年(平成29年)4月、文化庁により、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリー「日本遺産」の「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財のひとつに認定された。

着く[編集]

最寄り駅は、京都丹後鉄道宮豊線の天橋立駅である。天橋立の南端部へは同駅から徒歩すぐに位置している。北側の傘松公園へは同駅から路線バスか天橋立観光船(丹後海陸交通)またはモーターボート(同社および天橋立遊船)、もしくは砂州を徒歩などで府中駅へ。同駅から天橋立ケーブルカーに乗車し、傘松駅から徒歩。

飛行機で[編集]

最寄りの空港であるコウノトリ但馬空港へ、大阪国際空港(伊丹)からの定期航空路が日本エアコミューターにより運航されている。同空港からは豊岡駅までの連絡バスが全但バスにより運行されており、同駅にて京都丹後鉄道宮豊線への乗換えが可能である。大阪国際空港で日本航空の東京便と連絡。

鉄道で[編集]

JR西日本と京都丹後鉄道を直通する特急を利用した場合、京都駅からの所要時間は約2時間である。嘗ては新大阪駅・大阪駅からの直通特急も運行されていたが、2011年3月12日のダイヤ改正をもって定期列車は廃止され、多客期の臨時列車の運行のみなされている。

車で[編集]

最寄りのインターチェンジ(IC) は、京都縦貫自動車道の宮津天橋立ICと山陰近畿自動車道の与謝天橋立ICである。天橋立南側(智恩寺側)へは宮津天橋立ICから国道176号と京都府道2号を使う。天橋立北側(傘松公園側)へは与謝天橋立ICを降りたあと、国道176・178号を使い、北上する。駐車場の多くは有料である。

  • 京都市からの主なルートは、京都縦貫自動車道を経るものである。
  • 大阪方面からの主なルートは、中国自動車道・舞鶴若狭自動車道から京都縦貫自動車道を経るものである。
  • 名古屋方面からの主なルートは、名神高速道路・北陸自動車道・舞鶴若狭自動車道から京都縦貫自動車道を経るものである。

知る[編集]

Okada, Shuntōsai. "Tango-kuni, Amano-hashidate no zu" (''the view of Amanohashidate pit in the province of Tango''). Woodblock print, caption by Suigetsu-dō. 9.5×15.3cm.
岡田 春灯斉「丹後国天橋立之図」水月堂による解説。江戸末期、出版地不明 : 出版者不明、1枚。北から宮津、舞鶴方向を眺める。

天橋立が名勝地として認知され始めたのは8世紀初頭、西国三十三所の28番札所である成相寺(なりあいじ)が開山した頃といわれる。この寺から見る天橋立は絶好の眺望を誇る。江戸時代まで天橋立を描いた絵画は、『天橋立図』を除けば府中地区から眺めたものが多い。平安時代、小式部内侍は次の和歌を詠んだ。

大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立

1643年(寛永20年)、林春斎は『日本国事跡考』において次のように述べ、松島、宮島、天橋立を奇観と紹介した。

松島此島之外有小島若干殆如盆池月波之景境致之佳與丹後天橋立安藝嚴島爲三處奇觀 (松島、この島の外に小島若干あり、ほとんど盆池月波の景の如し、境致の佳なる、丹後天橋立・安芸厳島と三処の奇観となす)

1689年(元禄2年)、貝原益軒は『己巳紀行』において「日本三景」という言葉を初めて用いた。

そして府中から成相寺へ登ることになり、その坂の途中で、此坂中より天橋立、切戸の文珠、橋立東西の与謝の海、阿蘇の海目下に在て、其景言語ヲ絶ス、日本の三景の一とするも宜也

これによると、天橋立を「日本の三景の一とする」ことは既に世に広く言われていることであって、貝原はそれを改めて実感したに過ぎないということである。

天橋立の沿革[編集]

特記ないものは、京都府資料「天橋立を未来に引き継ぐために」による。

  • 1873年 - 太政官布達第16号により地盤国有公園に指定(明治5年)。
  • 1922年3月8日 - 内務省告示第49号により名勝に指定。
  • 1923年1月1日 - 京都府立公園に指定。
  • 1952年11月22日 - 文化財保護法により特別名勝に指定。
  • 1955年
    • 3月31日 - 都市計画公園に決定。
    • 6月1日 - 若狭湾国定公園に指定。
  • 1959年4月1日 - 湾岸保全区域を指定(1971年11月16日変更)。
  • 1964年10月20日 - 都市公園法による供用を開始。
  • 1971年3月19日 - 港湾隣接地域を指定。
  • 1971年(昭和46年) - 府内の名勝「京の百景」(天橋立)。天橋立の景観は岩澤重夫が委嘱される。
  • 1973年(昭和48年) - 岩澤作品が京都市内で「京の百景」展覧会に出品される。岩澤は京都在住の日本画家12名の一人。
天橋立の空中写真(1975年撮影)国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
  • 1983年5月18日 - 日本の名松100選。
  • 1985年7月22日 - 名水100選(磯清水)。
  • 1987年
    • 1月10日 - 日本の白砂青松100選。
    • 8月10日 - 日本の道100選(京都府道607号天の橋立線)。
  • 1996年7月10日 - 日本の渚100選。
  • 2007年
    • 1月31日 - 美しい日本の歴史的風土100選。
    • 2月16日 - 日本の歴史公園100選。
    • 5月10日 - 日本の地質100選。
    • 8月3日 - 若狭湾国定公園の区域変更に伴い丹後天橋立大江山国定公園に指定。
  • 2014年3月18日 - 「宮津天橋立の文化的景観」の名称で重要文化的景観に選定(2015年1月26日、文殊地区を追加選定)。

2007年、京都府・宮津市などは「天橋立―日本の文化景観の原点」という名で、文化庁に対し世界遺産暫定一覧表(暫定リスト)記載資産候補に提案した。2008年時点でリストには選ばれなかったが、カテゴリーIa「提案書の基本的主題を基に準備を進めるべきもの」 という評価を受けた。リスト入りのために課題が設定され、「普遍的な価値をもった、内外に比類のない白砂青松であることを示す」必要がある。

天橋立と元伊勢籠神社を光と音楽で彩るライトアップイベントは、日本博府域展開アート・プロジェクト「もう一つの京都―光のアトリエ―」の一環として、2020年10月16日(金)から11月3日(火)まで行われた(京都府主催)。天橋立の小天橋には、実験的音楽や現代美術を手掛ける池田亮司のオーディオビジュアルわんわんわわん 作品「data-verse1」が展示され、大型スクリーンと電子音楽で幻想的な世界が演出された。

2021年(令和3年)1月に実施された大学入学共通テストの地理の試験問題[リンク切れ]として天橋立の眺望に関する問題が出題された。

眺望[編集]

明治時代まで、来訪者は寺社へ参詣する旅の道中で天橋立の景観を楽しんでいた。天橋立はその途上の峠から、船旅なら阿蘇海などの船の上から、あるいは寺社の周辺から眺めることになった。とりわけ代表的な3つの視点、樗峠(おうちとうげ、現・大内峠)、傘松、栗田峠(くんだとうげ)から望む景観を「三絶」「三大観」と呼び、これらは景観研究の対象ともなった。一方に文殊側に位置する櫻山(桜山)や玄妙庵に注目する説、他方に栗田峠、大内峠、成相山、櫻山を挙げる説(天橋四大観)もある。

三絶、三大観

  • 三絶または三大観 (樗峠(おうちとうげ、現・大内峠)、傘松、栗田峠(くんだとうげ))。

文殊側

  • 玄妙庵。 「名前の由来は足利義満。1386年、智恩寺に参拝した際にここを訪れ「ああこれまさに玄妙なるかな」と詠嘆したという。昭和前期の絵はがきは玄妙庵からの眺めを「四大観の一つ」と説明する。
  • 櫻山 (桜山)。 「玄妙庵とともに文殊側に位置する。吉見豆人は1921年、著書『天橋紀行』の中で「樗峠、傘松、櫻山、丹後富士(由良ケ岳)を天橋四大観と呼ぶそうだが、その中では櫻山が一番感じが良い」と述べた。

四大観

  • 天橋四大観 (栗田峠、大内峠、成相山、櫻山)。 「樗嶺志』による(ちょれいし、小室洗心 編、京都府与謝郡岩滝町役場、1934年)。
  • 新・四大観 (天橋立ビューランド)。 「1970年、文殊地区に開業。ここから天橋立を望む飛龍観が斜め一文字、一字観、雪舟観と共に四大観と呼ばれるようになった。

五大観

戦後は天橋立五大観として傘松、玄妙庵、大内峠、滝上公園、獅子崎を挙げた記述が見られた。1970年、文殊地区に天橋立ビューランドが開業すると、そこから天橋立を望む飛龍観斜め一文字一字観雪舟観と共に(戦後の)いわば新・四大観と呼ばれるようになった。このように、明治以降に言われる「四大観」や「五大観」は人によって、また時代によって差異があった。

  • 天橋立五大観 (傘松、玄妙庵、大内峠、滝上公園、獅子崎)。 「第二次世界大戦後の記述。

観る[編集]

天橋立十景[編集]

飛龍観は、南からの眺望
斜め一文字の冬景色。笠松公園からの眺め(2011年撮影)

1986年、宮津商工会議所などが「天橋立十景」を選定した。これらは新たな展望地や車道の整備に伴い加えられたものであったり、伝統的な視点が再評価されたものである。天橋立地域の広範囲を一体的に眺める遠景を中心としており、櫻山や玄妙庵のような近距離の視点は含まれていない。

天橋立十景。 「1986年、宮津商工会議所などが選定した。各地点は新たな展望地や車道の整備に伴い加えられたり、伝統的な視点が再評価された。天橋立地域の広範囲を一体的に眺める遠景が中心。櫻山や玄妙庵など近景は除外。

以下、東の雪舟観からおよそ時計回りで、北の天上大パノラマ観まで列記する。◆マークは第二次世界大戦後の新・四大観。

  1. 獅子崎展望所 ( 雪舟観)。
  2. 島崎公園 (島崎蒼龍観)。
  3. 八幡山 (戦国ロマン八幡山)。
  4. 滝上山 (滝上弓ヶ観)。
  5. 天橋立ビューランド ( 飛龍観)。
  6. 智恩寺 (文殊の知恵海道)。
  7. 大内峠 ( 一字観)。
  8. 丹後国分寺跡 (天平の歴史みち)。
  9. 傘松公園 ( 斜め一文字)。
  10. 仙台山 (天上大パノラマ観)。

名所・施設[編集]

  • 1 元伊勢籠神社 外部リンク宮津市大垣430 籠神社 (Q705126) on Wikidata Wikipedia上のhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
  • 2 成相山成相寺 (なりあいじ)、 京都府宮津市成相寺339。 「西国三十三所の28番所。 成相寺 (Q11495765) on Wikidata Wikipedia上の成相寺
  • 3 天橋山智恩寺京都府宮津市字文珠466。 「808年(大同3年)創建の伝承を有し、古くから知恵を授かる文殊信仰の寺院として知られている。境内には重要文化財の多宝塔がある。 智恩寺 (Q11514773) on Wikidata Wikipedia上の智恩寺 (宮津市)
  • 4 天橋立神社 外部リンク (橋立明神)、 京都府宮津市文珠643-1 (京都丹後鉄道天橋立駅から徒歩15分)。
岩見 重太郎(いわみ じゅうたろう)は養子になり、薄田 兼相(すすきだ かねすけ)と名前を改めた。大坂城攻略戦で豊臣側で戦った。
薄田 兼相(すすきだ かねすけ)こと岩見 重太郎(いわみ じゅうたろう)
  • 5 磯清水 外部リンク (いそしみず)、 丹後天橋立大江山国定公園 (0)772-22-803024時間。 「砂嘴にある井戸。両側を海面に挟まれているにも関わらず、口に含んでも塩味を感じない不思議な名水として古くから珍重されている。和泉式部が「橋立の松の下なる磯清水 都なりせば君も汲ままし」と詠ったと伝えられている。環境省選定の「名水百選」に選ばれている。2013年時点では、天橋立神社の手水として用いられ、立て札に「湧き水であり飲まないように」と注意書きを載せている。無料
  • 岩見重太郎仇討の場 外部リンク (〈岩見重太郎試し斬りの石〉とともに訪ねたい。)。 「講談に語り継がれる岩見重太郎は、父・岩見重左衛門(いわみ じゅうざえもん)が剣術指南役として大名の小早川隆景に仕えながら、同僚の広瀬軍蔵に殺害された。二男の重太郎は大阪ほかで化け物を退治するなど勇名を重ね、この地域で天正18年(1590年)に父の敵を討った。のちに養子に入って薄田兼相(すすきだ かねすけ)と名乗ったという説が有力。 Wikipedia上の薄田兼相
  • 小天橋 外部リンク (廻旋橋) (文殊地区と小天橋を結ぶ。)。 「橋の中央部分が90度回転する可動橋。1923年に人力で動く橋が完成し、1957年から現在の電動式になった。湾奥部にある日本冶金工業関連の貨物船や大型の遊覧船を通すために橋を回転させる。2009年から日曜日に限り、船が通らないときも動作を鑑賞できるように回転させている。2016年6月11日放送の『ピタゴラスイッチ』の「そこで橋は考えた」のコーナーで、この橋が紹介された。 Wikipedia上の天橋立#地理

する[編集]

10月の午前6時頃、日の出とともに霧が上がるのをみることができます。それには早起きが必要です。

ホテルや旅館の中には天橋立がまったく見えないものがあります。ホテルや旅館の部屋から天橋立を見たい場合は、事前に確認しておく必要があります。

  • 天橋立温泉 外部リンク (美人の湯)。 「温泉の場外にある足湯「知恵の湯」の利用は無料。泉質は含弱放射能泉・鉄(III)-ナトリウム-塩化物泉、湯に少しぬめりがある。入浴のみ600円-1,200円、各旅館により利用時間が異なるため事前に要確認
    • 1 知恵の湯 (0)772-22-1515毎週月曜日は休業。 「天橋立駅のすぐ隣にある小さな温泉スポットです。日本の温泉を少しだけ味わいたいなら、足湯を試してみてください。足湯は、外にあり、自由に試すことができる温泉です。安い値段でタオルを借りることができます。男性と女性は分かれています。一人¥700
  • 阿蘇の舟屋 外部リンク (あその ふなや、溝尻の舟屋)、 宮津市溝尻。 「溝尻地区の舟屋は阿蘇海の漁業従事者が所有。湾内の海産物はいわしやうなぎ、あさり、はまぐり、ワタリガニなど。特産品の二枚貝「くろくち」は漁獲高が少なく、市場に出回らない。
  • 天橋立ビューランド 外部リンク09:00 - 16:30。 「山頂にカフェや散策道、観覧車などがある。ミニ遊園地の各種乗り物は、チケット売り場であらかじめチケットを購入。
  • 知恵の輪灯篭 外部リンク宮津市文珠468。 「廻旋橋の脇に立つ灯篭。この灯篭の輪を3回くぐり抜けると知恵が授かると言い伝えられている。元々近くを往来する船の安全を祈って建立された。

海水浴場 夏はスルメを食べながら砂州で泳ぐのが良いでしょう。

  • 天橋立海水浴場 外部リンク
  • 天橋立府中海水浴場 外部リンク
  • 小天橋海水浴場 外部リンク京丹後市久美浜町湊宮地内 (京都丹後鉄道宮豊線「小天橋」駅から市営バス利用。大向行き5分「小天橋」下車、徒歩2分。同線「久美浜」駅から市営バス利用。大向行き25分「小天橋」下車、徒歩2分。市営バスの運行は平日限定)、 (0)772-83-0149FAX: (0)772-83-1358海水浴シーズンのみ開設。 「遠浅の海と白砂青松が自慢の西側のビーチ。関西屈指のロングビーチは全長およそ8km。食事・喫茶のできる仮設店舗、休憩所、更衣室、トイレ、シャワー。有料駐車あり、250台まで

泊まる[編集]

天橋立観光協会〒626-0001宮津市文珠(各旅館内) (京都丹後鉄道宮豊線「天橋立」駅下車、徒歩5-10分。京都縦貫自動車道綾部宮津道路「宮津天橋立」ICから車で10分)、 (0)772-22-8030

  • 天橋立ホテル (0)772-22-4111
  • 文珠荘 (0)772-22-7111。 「木曜日休み
  • 対橋楼 (0)772-22-2101。 「日帰り入浴は12時~14時のみ
  • ホテル北野屋 (0)772-22-4126

出かける[編集]

  • 道の駅「丹後王国 食のみやこ」 - 動物とのふれあいもある滞在型の道の駅。直売所の地元野菜、「食」は地元食材を使った飲食店、工房は自家製ソーセージやクラフトビールなど。
  • 道の駅「てんきてんき丹後」 - 国道178号沿い。山陰海岸ジオパークの「立岩」を背負う位置にあり、眺望が楽しめる。真隣にオートキャンプ場。

温泉巡り およそ東から西へ。

  • 夕日ヶ浦温泉郷 - 京都府丹後市網野町
    • 夕日ヶ浦温泉・浜詰温泉
  • 城崎温泉 - 兵庫県豊岡市
  • 湯村温泉 - 兵庫県新温泉町
  • 浜坂温泉郷 - 兵庫県新温泉町
    • 七釜温泉・二日市温泉・浜坂温泉

地形を探る

  • 竹野スノーケルセンター・ビジターセンター - 兵庫県豊岡市竹野町切濱1218。環境省が管理する。 鳥取県立山陰海岸学習館 - 鳥取県岩美郡岩美町牧谷1794-4。鳥取県が管理する。
  • 山陰海岸ユネスコ世界ジオパーク - 京都府京丹後市、兵庫県豊岡市鳥取市北部を結び、一連の景勝地が続く。