新疆(ウイグル語: Shinjiang;中国語: 新疆 Xīnjiāng)は、正式には新疆ウイグル自治区として知られ、中国北西部に位置しています。この地域は中国のウイグル族の主な居住地であり、中国最大の省級行政区です。また、ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、そして係争地であるカシミール地方と国境を接しており、事実上中央アジアや南アジアへの戦略的な玄関口となっています。
新疆が中国に編入されて以来、この地域は特に波乱に満ちた歴史を歩み、そして多くは好ましくない話題になって報道されてきました。しかし、そうした否定的な報道を脇に置けば、新疆地域は、中国の中でも文化的に極めて独特な地域です。この地域では主としてテュルク語族に属する言語が話されており、またイスラム教が主要かつ支配的な宗教となっています。
新疆は外国人旅行者には見逃されがちですが、観光・旅行の面で非常に恵まれた地域です。中国国内の旅行者には人気の目的地であり、多くの人々が漢民族中心地域の故郷とは大きく異なる文化圏を楽しむために訪れます。ウイグル族はイスラム教のもてなしの伝統を非常に重視しているため、旅行者であるあなたも温かく歓迎されることでしょう。
アクサイチンおよびトランス・カラコルム回廊はインドによって領有権が主張されていますが、現在は中国政府の実効支配下にあります。訪問者は中国のビザや許可証などを取得しなければならないため、本記事ではこれらの地域を中国の一部として扱います。 | |
地域
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[編集]知る
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政治
[編集]新疆は行政上の正式な呼称は新疆ウイグル自治区(XUAR、中国語: 新疆维吾尔自治区 Xīnjiāng Wéiwú'ěr Zìzhìqū;ウイグル語: شىنجاڭ ئۇيغۇر ئاپتونوم رايونى Shinjang Uyghur Aptonom Rayoni)です。これは中華人民共和国の5つの自治区の1つです。
新疆の一部の県級市は、新疆生産建設兵団(新疆生产建设兵团 Xīnjiāng Shēngchǎn Jiànshè Bīngtuán;ウイグル語: شىنجاڭ ئىشلەپچىقىرىش قۇرۇلۇش بىڭتۇەنى Shinjang Ishlepchiqirish Qurulush Bingtueni)によって管理されています。これは人権侵害を理由として西側諸国から制裁を受けている準軍事組織です。その名称とは異なり、実質的には新疆ウイグル自治区政府と並立する政府機関として機能しており、同時に独自の企業も運営しています。この組織は計画経済時代に由来しています。
中国の法律では、自治区には追加の公用語や祝祭日の制定など、より多くの権利や特権が認められていますが、法的に分離独立する権利はありません。
民族
[編集]新疆はさまざまな文化が入り混じった坩堝のような地域であり、ウイグル族、カザフ族、漢民族がこの地域の大きな民族集団です。新疆は漢民族が少数派となっている数少ない地域の1つです。
ウイグル族は地域最大の民族集団であり、人口の4から5割を占めています。多くのウイグル族は新疆東部および南部に居住しており、トルファン、ホータン、カシュガルなどの都市では多数派を形成しています。ウイグル族の圧倒的大多数はスンニ派イスラム教徒です。ウイグル族は主として定住民であり、古代シルクロード沿いに壮大な都市やイスラム建築を築き上げました。
漢民族は地域で2番目に大きな民族集団であり、人口の3から4割を占めています。新疆が正式に中国へ編入された後、多くの漢民族がより良い経済的機会を求めて新疆へ移住するよう政府によって奨励されました。
カザフ族は地域で3番目に大きな民族集団であり、人口の6~10%を占めています。多くのカザフ族は新疆北部に居住しており、アルタイなどで多数派になっています。カザフ族は中国政府が公認する56民族の一つであり、ほぼ全員がスンニ派イスラム教徒です。カザフスタンではほぼ消滅した伝統的なカザフ遊牧生活は、新疆の一部のカザフ族によって現在も維持されています。
歴史
[編集]新疆北西部の国境地帯は、歌と踊りの地、メロンと果物の地、宝石と絨毯の地として広く称賛されています。新疆はシルクロードの重要な中継点であり、古代においては東西文化交流の中心地でした。この地域の民間伝承は豊かです。この地域の歴史的名称は東トルキスタンであり、これはウイグル独立活動家たちが用いる名称でもあります。この地域は歴史を通じてさまざまな帝国の支配下に入ってきました。初期には匈奴、その後中国の漢王朝(紀元前206年~紀元220年)および唐王朝(618~908年)、チベット帝国、東突厥、回鶻、モンゴル帝国(1206~1687年)、ジュンガル・ハン国、そしてその間により小規模ないくつかの王国がこの地域を支配しました。1755年、乾隆帝の治世下で清朝が征服したことにより再び中国の支配下に入りました。その後、乾隆帝はこの地域を「新疆」、すなわち「新たな辺境」と名付けました。
1911年に清朝が崩壊すると、新疆は正式に中華民国の一部となりましたが、多数のウイグル系諸派閥間の内紛や、複数の独立運動が起こりました。これらはすべて、中華民国後期に地域の大部分を支配していた漢民族軍閥の盛世才によって鎮圧されました。新疆北部はその後、1944年にソ連の支援を受けて東トルキスタン共和国として独立を宣言しました。中国政府による支配が再び確立されたのは、1949年の共産党の勝利と中華人民共和国の成立後のことでした。
中国の他地域と同様に、新疆も文化大革命(1966~1976年)の間に大きな被害を受けました。この時期、宗教と伝統文化は根絶の対象とされ、禁止されました。その結果、すべてのモスクが閉鎖され、地元の宗教指導者たちは投獄されました。また文化大革命の一環として、多くのブルジョワ階級が強制的に地方へ移住させられ、農村部での肉体労働に従事させられました。それにより中国東部諸省から多数の漢民族が新疆へ強制移住させられました。1976年の毛沢東死去と、1978年の鄧小平の権力掌握後、鄧小平の改革政策によって宗教に対する制限は緩和され、モスクは再開され、伝統文化も復興を許されました。強制移住させられていた漢民族には帰郷が認められましたが、多くは新疆に留まり定住することを選びました。
この地域には回族、モンゴル族、カザフ族、ウズベク族、キルギス族、タタール族、ウイグル族、シベ族、タジク族など、多くの少数民族が居住しています。なお、新疆のタジク族はタジキスタンのタジク人と同じ民族ではありませんが、言語はペルシア語と同じ語族に属しています。チベットと同様に、この地域の人口構成は過去数十年間で大きく変化しました。1949年当時、新疆の人口はおよそ85%がウイグル族、8%が漢民族でしたが、現在では約45%がウイグル族、40%が漢民族となっています。この漢民族の流入は地域の民族的緊張を高め、数年ごとに暴力沙汰へと発展しています。また、ウイグル族の間では活発な独立運動も存続しています。一部の分離独立派はこの地域を東トルキスタンと呼んでいます。
旅行中には、漢民族とウイグル族の人口が多い都市のほぼすべてが、それぞれ異なる地区に分かれていることに気付くかもしれません。この分離は時間帯にまで及んでいます。公式の標準時は北京時間(GMT+8)ですが、一部のウイグル族は北京政府への抵抗の象徴としてGMT+6を使用しています。民族対立により、多くのウイグル族が新疆から離れました。現在ではトルコや中央アジアのテュルク系諸国、特にカザフスタンに大規模なウイグル人ディアスポラが存在しています。
伝統的に、新疆の民族集団の大部分は神秘主義のイスラム教を信仰しており、ほとんどがスンニ派です。ただし、タジク族の多くはシーア派イスラム教徒です。アルコールに対する考え方は他のイスラム社会よりも伝統的に寛容であり、ウイグル族には長いワイン醸造の伝統があります。サウジアラビア型のワッハーブ派イスラム教は1990年代以降に浸透し始めましたが、この扱いは中国のイスラム教徒の間でも議論の的となっています。また、新疆では仏教も信仰されており、少数民族であるモンゴル族の多くはチベット仏教の信者です。
今日の新疆は、中国の一帯一路構想の重要な一部とみなされているほか、莫大な炭化水素資源でも知られています。すでにカシュガルでは、1997年に完成した鉄道路線の影響が感じられます。シルクロードの中心地であったこの都市では、曲がりくねった日干し煉瓦造りの街路が徐々に拡幅されており、伝統的な建築物も近代化されている途中です。
2018年、ウイグル系イスラム主義分離主義者による一連の暴力事件への対応として、中国当局は地域の活動や宗教実践に対する取り締まりを強化しました。大規模な収容施設が建設され、多数のウイグル族が拘束されました。アメリカ合衆国、カナダ、イギリスをはじめとした西側諸国の政府は、この取り締まりを公式にジェノサイドと見なしていますが、中国政府はこれを否定し、イスラム過激主義者の過激思想を除去することを目的とした職業訓練プログラムであると主張しています。
この地域に関心のある方への推奨図書として、ジェームズ・ミルワード著『Eurasian Crossroads: A History of Xinjiang』、エリザベス・ウェイランド・バーバー著『The Mummies of Urumqi』があります。また、グレート・ゲームに関する文献の多くも新疆の歴史を扱っています。新疆はまた、トランス・カラコルム回廊やアクサイチンを管轄しています。これらの地域は中国が支配していますが、インドも領有権を主張しています。
祝祭日
[編集]ラマダーン(ラマダン)はイスラム暦における第9の月であり、最も神聖な月とされています。期間は29日間または30日間です。この期間中、イスラム教徒は毎日断食を行い、多くのレストランは日没後のご飯が食べられる時間になるまで営業を休止します。日の出から日没までの間は、水やタバコを含め、いかなるものも口にしてはならないとされています。
非イスラム教徒は断食の義務を負いませんが、人前で飲食することは非常に無作法とみなされるため、控えるべきです。また、企業などでは勤務時間が短縮されることもあります。
ラマダーンの正確な日付は現地での天体観測によって決定されるため、国によって多少異なる場合があります。ラマダーンは断食明けの祭であるイード・アル=フィトルによって締めくくられます。この祭りは数日間続くことがあり、多くの国では通常3日間です。
- 2026年2月18日 – 2026年3月19日(ヒジュラ暦1447年)
- 2027年2月8日 – 2027年3月8日(ヒジュラ暦1448年)
- 2028年1月28日 – 2028年2月25日(ヒジュラ暦1449年)
- 2029年1月16日 – 2029年2月12日(ヒジュラ暦1450年)
ラマダーン期間中に新疆への旅行を計画している場合は、「ラマダーン中の旅行」の記事も読んでみてください。
中国全土で実施される全国共通の祝日に加え、新疆ではイスラム教の祭日であるイード・アル=フィトル(中国語: 肉孜节、ウイグル語: روزا ھېيت)およびイード・アル=アドハー(中国語: 古尔邦节、ウイグル語: قۇربان ھېيت)も公休日となっています。
話す
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中国の他地域と同様に、公用語は標準中国語です。しかし、民族多様性により新疆では他にも多くの言語が話されています。最も一般的なのはウイグル語で、これはウズベク語に近いテュルク系言語ですが、アラビア文字で表記されます。ウイグル語は自治区内において標準中国語と並ぶ公用語で、政府の標識の大半はウイグル語と中国語の併記となっています。また、ウイグル語のテレビ局やラジオ局も複数存在し、ウイグル族が経営するレストランでは通常、メニューも二言語表記となっています。
カザフ語は、自治区最北部のイリ・カザフ自治州における公用語です。この地域はカザフスタンとモンゴルに挟まれています。キリル文字を使用するカザフスタンとは異なり、中国ではカザフ語はアラビア文字で表記されます。
その他の言語としては、キルギス語、ウズベク語、モンゴル語、シベ語(満洲語と通じ合う)があります。これらの言語には特定の県や自治州においてウイグル語および標準中国語と並ぶ公用語となっているものもあります。伝統的にはウイグル語が地域内の多様な民族集団を結ぶ共通語として機能していましたが、最近その役割は次第に標準中国語へと移りつつあります。
新疆では外国人が少なく、特にウルムチ以外ではめったに外国人は見られません。そのため日本語はおろか英語を話せる住民はほとんどおらず、多くのホテルの受付係でさえ英語に苦労します。標識やメニューを翻訳したり、必要に応じて地元の人々と意思疎通したりできるよう、翻訳アプリをスマートフォンにインストールしておくとよいでしょう。
着く
[編集]新疆への入域方法について詳しくは、中国の記事の「着く」節を参照してください。チベットとは異なり、外国人が新疆を訪問するために特別な許可証は必要ありません。
飛行機で
[編集]中国国内の50以上の都市から、新疆の省都であるウルムチへの国内直行便が運航されています。また、国外ではアルマトイ、モスクワ、ノヴォシビルスク、ビシュケク、オシ、タシュケント、ドゥシャンベ、イスタンブール、バクー、ドバイ、イスラマバード、カブール、キーウ、トビリシの14都市から直行便があります。ウルムチからは、カシュガル、ホータン、アクス、コルラ、カラマイ、アルタイ、グルジャ、タルバガタイ地区、クムルなどの地区中心都市への直行便も運航されています。
鉄道で
[編集]新疆は蘭新旅客専用線で中国東部と結ばれています。この路線では北京、上海、広州をはじめとする多くの都市からの直通列車が運行されています。北京からウルムチまでの所要時間は、寝台車と食堂車を備えた長距離列車「新疆旅游号」で約33時間です。また、カザフスタンとの間には週2本の国際列車も運行されています。
移動する
[編集]チベットとは異なり、外国人が新疆を訪れる際にパッケージツアーへ参加する義務はなく、自治区内を自由に旅行できます。
飛行機で
[編集]新疆は中国最大の省級行政区です。ウルムチから遠い、カシュガルなどの南疆へ向けて日中から移動する場合は、飛行機移動が良い選択肢かもしれません。
列車で
[編集]ウルムチから近い北疆の街へ向かう場合は、所要時間が3~4時間の列車が選択肢に入ります。南疆方面へは、ウルムチとカシュガルを11時間半で結ぶ寝台列車「カシュガル号」を始めとする夜行列車が運行されており、飛行機に加えてこれらも移動手段の選択肢に入ります。
乗合タクシーで
[編集]新疆のほとんどの都市には、都市間を往来する乗合タクシーやミニバスがあります。小さな町へ行きたい場合や、近郊の観光地を訪れる場合、あるいは国境の町へ向かう場合に特に便利です。公共交通機関であるため、通常はタクシーを貸し切るよりもかなり安いです。
チケットには出発時刻が印刷されていますが、車両が満員になれば予定時刻より早く出発することもあります。これらの車両は都市間バスターミナル(客运站 Keyunzhan)で見つけることができます。パスポートを必ず持参してください。
観る
[編集]新疆は非常に多様な地域で、旅行者は巡りながらさまざまな少数民族の文化を体験することができます。ウイグル族は定住型のテュルク系民族であり、カシュガル、ホータン、ヤルカンド、トルファンなどのウイグル族が多数を占める都市では、伝統的なウイグル旧市街が今なおよく保存されています。
北部では、多くのカザフ族やキルギス族が現在でも伝統的な遊牧生活を続けていて、町や村の間に広がる大地でカザフ族やキルギス族の牧畜民とユルト(遊牧民の移動式住居)をよく見かけます。また、カザフ族とキルギス族には鷹狩りの伝統があり、運が良ければ目にすることができるでしょう。
旅程
[編集]漢王朝および唐王朝の時代には、絹製品やその他の商品が長安(現在の西安)へ運ばれました。ここがシルクロードの起点であり、その後、隊商の絶え間ない往来によって河西回廊を通り、新疆を通ってヨーロッパへと運ばれました。タクラマカン砂漠を避けるため、新疆では3つの異なるルートが利用されていました。
する
[編集]トルファン周辺に残る良質な古代都市遺跡を訪れたり、カシュガルでウイグル文化やウイグル語を学んだり、カラコルム・ハイウェイから雪を頂いた壮大な山々の景観を楽しんだりすることができます。また、ホータン近郊ではラクダに乗って砂漠を旅することができ、ジュンガリアの草原では地元民とともに遊牧生活を体験することもできます。
ウイグル族は踊りの上手さで全土に知られています。イード(アラビア語で祭礼の意)などの重要な祭礼では、伝統音楽に合わせて広場で踊る人々をよく見かけます。また、結婚式のような人生の重要な祝い事でも、踊りの時間が設けられるのが一般的です。時には見知らぬ人にも参加が呼びかけられることがあるので、遠慮せず一緒に楽しんでみるといいでしょう。
買う
[編集]新疆はウイグル絨毯で有名であり、特にカシュガル、ヤルカンド、ホータンはその中心地として知られています。新疆北部では、カザフ族も独自の絨毯織りの伝統技術を持っており、その技術はカザフスタンのカザフ族とも共有されています。
主な観光地では古くからのバザールが開かれており、ウイグル族の民族衣装を購入することができます。伝統的なウイグル衣装は、精巧で色鮮やかな刺繍で全土に知られています。衣装一式を持ち帰る余裕がなくても、伝統的なウイグル刺繍の帽子だけでも良い土産になります。
食べる
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言うまでもないかもしれませんが、新疆はウイグル料理を味わうのに絶好の場所です。ウイグル料理は漢民族の料理よりも、中央アジアや中東の料理に似通っています。
- 羊肉。焼く、炙る、揚げる、茹でるなど、あらゆる調理法で食べられています。烤包子(カオバオズ)や、羊肉串(チュアンル)、あるいは羊肉をナンに挟んだナン坑肉(肉饢、中国語: 肉馕)などを試してみてください。ウイグルの羊肉ケバブは中国全土でよく知られており、新疆料理を代表する料理とされています。
- ナン。漢字では饢(馕 náng)と書かれます。さまざまな大きさがあり、都市ならどこでも路上で販売されています。何も入っていないものもあれば、タマネギや青ネギが加えられたものもあります。冷めてしまった場合は温めてもらうこともできます(中国語に自信がなければ、窯を指差せば通じるでしょう)。温かい方がはるかにおいしいです。
- サムサ(中国語: 烤包子 kǎo bāozi)は羊肉を詰めたパイの一種です。インドのサモサの近縁ですが、油で揚げるインド式とは異なり、ウイグルのサムサはタンヌール(タンドールに似た薪窯)で焼かれます。
- ヨーグルトはウイグル族の間で人気があります。
- スイカ。小ぶりで丸いおいしいスイカが至る所で売られており、都市によってはほぼ2つおきの街角で見かけます。その品質は中国全土に知られています。
- ブドウとレーズン。特にトルファン産のものが有名で、豊富な日照と乾燥した気候のおかげで非常に甘くなります。
- クルミ。新疆を代表する特産品の一つです。
- メロン。クムルはハミウリ(ハミメロン)の産地として中国人の間で有名です。
飲む
[編集]- ウースービール。新疆のウースー市で醸造される、中国では比較的珍しいアルコール度数約4%のビールです。
- 赤ワイン。ブドウの産地であることから、まずまずの品質のワインも見つかります。少なくとも中国各地で見かける「長城ワイン」よりはずっと良いでしょうが、国際的な高級ワインの水準には及びません。¥50以上出せば、水っぽくないまともな赤ワインが手に入るはずです。カシュガル周辺では、伝統的なウイグルのワイン醸造法も現在まで受け継がれています。
新疆はクワス(卡瓦斯)でも知られており、伝統的にはバーベキューと一緒に冷やして提供されます。
泊まる
[編集]新疆ではかつて外国人を受け入れるホテルは少ししかありませんでしたが、2024年以降、制限区域外にある認可ホテルは法律上すべて外国人を受け入れなければならなくなりました。しかし、外国人客への対応に慣れていないホテルでは、義務付けられている宿泊登録制度に不慣れな場合があり、受け入れてもらうために説明が必要になることがあります。
個人宅に宿泊する場合は、最寄りの警察署で宿泊登録を行う必要があります。
安全を確保する
[編集]テロ
[編集]新疆には、活発で時に暴力的な独立運動が存在するため、危険な地域という評判があります。2010年代初頭には大規模な爆破事件や襲撃事件が発生しました。その後の政府による取り締まり強化によって暴力事件のリスクは低下したとされていますが、安全保障上の懸念は依然として残っています。
主要な観光地には秩序維持のため多数の警察官が配置されており、路肩に警察の装甲車両が駐車しているのを頻繁に見かけることでしょう。
監視
[編集]2014年以降、中国は新疆を事実上のデジタル警察国家へと変貌させ、顔認識カメラ、検問所、装甲警備車両、そして数百メートルおきの警察署を都市中心部全域に配備しています。ジャーナリスト、外交官、NGO関係者など、当局から注目される人物と見なされた場合、24時間体制で私服警察官による監視を受ける可能性が高くなります。
電話やメッセージも監視され、自動車やタクシーの移動も警察によって追跡されています。また、現地住民と政治的・社会的に敏感な話題について話し合うことは、彼らにとって極めて深刻な結果を招く可能性があります。外部団体の推計では少なくとも100万人が収容されているとされる大規模な収容施設網への逮捕・拘束につながることもあります。
盗難
[編集]新疆には活気あるバザール文化があり、ありとあらゆるものが売買されています。しかし、多くの人々が広くはない空間に集まるため、スリにとっても格好の活動場所となっています。彼らはしばしばチームで行動し、その手口は非常に巧妙です。
外出中は貴重品の管理に十分注意してください。外国人旅行者は特に狙われやすいです。
偽札
[編集]小規模なレストランや商店で100元札を使用する際には注意してください。店主があなたの紙幣を偽札とすり替え、「偽札を渡された」と主張することがあります。また、ホテルのデポジット(保証金)の返金を受けた際にも、受け取った紙幣を確認してください。
出かける
[編集]中国に長期滞在する予定なら、(旅行許可証を取得したうえで)チベットを訪れることもできます。
ホルゴス(カザフ語: Қорғас、ロシア語: Хоргос)および阿拉山口(カザフ語: Жетісу қақпасы、モンゴル語: ᠠᠯᠠᠭ
ᠠᠭᠤᠯᠠ ᠶᠢᠨ
ᠠᠮᠠᠨ、中国語: 阿拉山口 Alag Ûûlin Am)はカザフスタンへ、トルガルト峠(中国語: 图噜噶尔特山口、キルギス語: Торугарт、ロシア語: Перевал Торугарт)およびイルケシュタム峠(中国語: 伊尔克什坦 Yīěrkèshí Tǎn、キルギス語: Эркеч-Там、ロシア語: Эркеч-Там)はキルギスへ、クルマ峠(中国語: 阔勒买山口 kǎlāsū kǒu'àn、タジク語: Перевал Кульма)はタジキスタンへ通じています。また、カラコルム・ハイウェイは南のパキスタンへ続いています(ただし現在は治安の不安などでここを通る旅行客は少なくなっています)。カザフスタンおよびキルギスのビザはウルムチで取得できます。
ホブド県
[編集]新疆ウイグル自治区は、モンゴルホブド県(中国語: 科布多省、モンゴル語: ᠬᠣᠪᠲᠤ)と行き来ができます。
- タケシケン—ブルガン国境検問所
タケシケン(中国語: 塔克什肯镇)—ブルガン(中国語: 布尔干市、モンゴル語: ᠪᠤᠯᠠᠭᠠᠨ)国境検問所は、モンゴル西部のホブド県と、中国最西部の新疆ウイグル自治区を結んでいます。この国境はもともと利用者が比較的少ないものの、その地理的・文化的な重要性から人気が高まりつつあります。
このルートは壮大なアルタイ山脈を横断します。アルタイ山脈は、アルタイ語族という(ただしその分類には議論があります)民族言語集団の名称の由来ともなった場所です。この広義の概念には、モンゴル人、満洲人、朝鮮人、日本人、テュルク系諸民族が含まれます。
- 新疆ウイグル自治区側から
ウルムチからチンギル県(中国語: 青河县)までは毎日バスが運行されています。青河県はタケシケンから約150 km (93 mi)のところにある小さな町です。所要時間は昼の便で約8時間、夜の便で約11時間、料金は¥160です(タケシケンは行政上、青河県アルタイ市に属しています)。
そこから国境までは15 km (9.3 mi)です。タクシーなら¥15程度で短時間で行けるはずです。国境を越えた後は、ブルガンまでの足を見つけるのは難しくないでしょう。
- モンゴル側から
ホブド県の県都ホブドから出発します。バザールや市場へ行き、ブルガン行きのバンを運行している人を探してください。料金は1人あたりMNT25,000で、所要時間は約5時間です。
これは他のオンラインサイトで紹介されている時間よりかなり短いですが、これは中国側によって新しい舗装道路が建設されたためのものです。
実際の国境検問所まではさらに数キロありますので、ここまで乗せてくれた運転手か、町の別の人に頼んで連れて行ってもらってください。料金はさらにMNT5,000ほどです。
国境までの途中にはジャルガラン(中国語: 扎尔嘎朗特、モンゴル語: ᠵᠢᠷᠭᠠᠯᠠᠩᠲᠤ
ᠰᠤᠮᠤ)という町があります。ここで止まる場合は注意してください。無数の蚊が血を吸おうと待ち構えており、かなり不快な経験になります。虫除けを準備しておくことをお勧めします。
